勝林寺 〔東福寺〕 (京都市東山区)
Shorin-ji Temple

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本堂


一切経を埋めた石塔

 東福寺の境内北に塔頭・勝林寺(しょうりんじ)がある。毘沙門堂勝林寺とも呼ばれる。東福寺の鬼門に当たる北方守護を司り、「東福寺の毘沙門天」とも称された。 
 臨済宗東福寺派、本尊は毘沙門天王像。
 勝運、財運の信仰を集める。
 御朱印(予約時、特別拝観時)が授けられる。
◆歴史年表 室町時代、1550年、東福寺205世・高岳令松(こうがく れいしょう)により創建された。かつて、塔頭・海蔵院の鬼門に当たりその鎮守となる。
 その後、東福寺の鎮守となる。
◆高岳令松 室町時代の臨済宗の僧・高岳令松(こうがく れいしょう、生没年不詳)。詳細不明。東福寺205世。法嗣に惟杏永哲。
◆独秀令岱 江戸時代の臨済宗の僧・独秀令岱(どくしゅう れいたい、生没年不詳)。詳細不明。東福寺・海蔵院、東福寺・勝林寺の中興開山。
◆毘沙門天 本堂に安置の本尊・毘沙門天王立像(145.7㎝)は、平安時代(10世紀後半)に造立された。公卿・九条道家(1193-1252)の光明峰寺建立以前のものとされている。定朝作ともいう。東福寺仏殿の天井内に密かに安置されていた。江戸時代、開山・高岳令松の霊告により、海蔵院の独秀令岱(どくしゅう れいたい)が発見したという。その後、東福寺守護のために、境内の鬼門にあたる勝林寺に本尊として安置された。左手に宝塔、右手に三叉戟(さんさほこ)持つ憤怒相をして立つ。毘沙門天は財宝、戦勝の神であり、四天王の一人、鬼門に当たる北方守護を司り、眷属はムカデになる。木造、一木造。後世の修理跡がある。像は普段は非公開だが、2009年に83年ぶりに開帳された。
 脇侍は、毘沙門天の妃・「吉祥尊天像」であり、江戸時代、1763年に清水隆慶作になる。子・「善賦師(ぜんにし)童士像」は江戸時代の補修がある。
 本尊・毘沙門天王立像の胎内仏の毘沙門天像(16.7cm)は、本尊の造像時のものとされる。脇侍の吉祥尊天像、善賦師童士像は清水隆慶作になる。
 ほかに、鎌倉時代の大日如来坐像、不動明王立像、聖観音立像があり、いずれも周辺の廃寺遺仏という。
◆一切経 境内には、一切経(仏教の経典を集成したもの)を埋めたという石塔がある。
建築 本堂は、五摂家のひとつで公家、大檀越・近衛家の大玄関が移築されている。
◆文化財 明兆(1352-1431)筆「瀧見観音図」、丸山派作という「七難七福図」。
 毘沙門堂に、画家・櫟文峰(あららぎ ぶんぽう、1891-1970)による「虎の大襖絵」「虎書大隔絵」がある。
 京都生まれの画家・田村月樵(宗立、たむら げつしょう、1846-1918)の16歳の作「毘沙門天曼荼羅」がある。
◆体験修行 年間を通じて坐禅を体験できる。座禅体験(坐禅、茶礼、法話)、HEALING座禅(坐禅、読経 、
粥座・精進粥膳)、坐禅・と煎茶道体験(夏季)、夜坐体験。 
 写経(般若心経、お香、写経、抹茶・菓子)、写仏(抹茶・菓子)。
◆年間行事 新春・秋の特別拝観。


*拝観は要予約、特別拝観があります。
*室内の撮影は禁止。
*年間行事は中止・日時・内容変更の場合があります。
*年号は原則として西暦を、近代以前の月日は旧暦を使用しています。
*参考文献 『京都・山城寺院神社大事典』『古寺巡礼京都 18 東福寺』『こころ美しく京のお寺で修行体験』『京都の隠れた御朱印ブック』
 


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 勝林寺 〒605-0981 京都市東山区本町15-795  075-561-4311
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