六道の辻(生の六道延命地蔵) (京都市右京区)
Rokudo-no-tsuji
六道の辻(生の六道延命地蔵 六道の辻(生の六道延命地蔵
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延命地蔵

延命地蔵


延命地蔵
 大覚寺門前六道町(ろくどうちょう)に、「六道の辻(ろくどうのつじ)」と刻まれた石碑が立てられている。一角は、地域では「地蔵曼荼羅(じぞうまんだら)」と呼ばれてきた。「生の六道延命地蔵」とも呼ばれる。
 かつて、付近に平安時代初期の公卿・文人・小野篁(おの の たかむら)にまつわる井戸があったとの伝承がある。ただ、実際の六道と呼ばれたのは、現在地の西、二尊院北付近ともいう。 
◆歴史年表 詳細は不明。
 室町時代、現在の六道町、井頭町、久保殿町付近は葬送地になっていたともいう。
 江戸時代中期、付近は井頭町と呼ばれたという。
 1775年、井頭村と記されている。清凉寺の涅槃、六斎に協力する村の一つだった。 (「井上家文書」)
 近代、明治期(1868-1912)、六道町の地名が生まれた。 
 現代、1960年、七つの井戸「生の六道」が発見される。
 1972年、現在地に開運延命地蔵堂が建てられた。
◆小野篁 平安時代初期の公卿、文人・小野篁(おの の たかむら、802-853)。岑守(みねもり)の子。野狂、野宰相などとも呼ばれた。文章生、東宮学士、834年、遣唐副使に任命される。だが、838年、3度目の出発に際して、大使の藤原常嗣と対立し、乗船を拒否したため嵯峨上皇により隠岐に配流された。2年後召還され、847年、参議となる。武芸、和歌にも秀でた。百人一首に「わたの原八十島かけて漕ぎ出でぬと人には告げよあまのつりね」がある。北区の紫式部の墓の隣に墓がある。
 伝承として、篁は昼は朝廷に仕え、毎夜、冥土へ入り、閻魔庁第二冥官として大王のもとで、死者に対する裁判に立会っていたという。藤原高藤、藤原良相らを蘇生させたともいう。これらの篁の冥官説は、平安時代より、また、室町時代に始まったともされる。江戸時代には篁が冥土に行き来したとする伝承が定着した。(『江談抄』『今昔物語』『元亨釈書』)
◆井戸 かつて付近に、福生寺(ふくしょうじ)があり、小野篁に関する井戸があったともいう。
 1960年、七基の井戸が発見される。井戸は、「生の六道」といわれた。長方形の敷地(30㎡)の中央に井筒があり、この井戸を囲むように両側に3基、合計7基の井筒が置かれていた。井戸には、それぞれ小さな地蔵尊(石仏)が安置されていたという。
 現在の六道町の町名は、近代以降のことであり、それ以前は上嵯峨村、下嵯峨村と呼ばれた。六道町の南に隣接して、少なくとも江戸時代中期頃より、井頭町(いとうちょう)の地名がある。これは、井戸に関わる地名であり、井戸が石仏に囲まれていたためともいう。
 発見された井戸は間もなくして埋め戻され、その後、宅地になったという。現在、「六道の辻」には、1基の井筒、地蔵尊、枯山水式庭園などが復元されている。
生六道地蔵菩薩像・井戸 小野篁は、毎夜、六道珍皇寺(東山区)の空井戸「死六道」より、冥土へ出かけては閻魔王を助け、朝、嵯峨六道町の福生寺の空井戸「生六道(しょうろくどう)」よりこの世へ戻っていたという。ある時、地獄に赴いた篁は、猛火の中で苦しむ亡者を救い、その身代わりになって自ら焼かれる地蔵菩薩を見た。篁はその地蔵菩薩に心打たれ、姿を彫み、福正寺に安置したという。(『地蔵尊縁起』)。
 本来の六道の辻(北嵯峨六道)は、現在地の西に広がり葬送地の入口になっていたという。二尊院の北付近であり、諍息院(じょうそくいん)跡、蓮華清淨寺跡、福生寺跡付近になる。通称「大聖寺竹薮」と呼ばれる竹薮が残され地蔵尊が祀られていた。
 諍息院(静息院)は、室町時代より存在し、後に諍願寺と合併したという。境内には閻魔堂、小野篁塔、六道の堂があり、入口が六道の辻と呼ばれていた。近代に廃寺になる。
 蓮華清浄寺は、鎌倉時代の姈子内親王(れいし ないしんのう 、1270-1307)、第89代・後深草天皇の皇女で、第91代・後宇多天皇の后のために建てられた尼寺だった。近代に廃寺になる。
 福正寺は、冥土からこの世への出口に当たるとされ、生六道と呼ばれ、地蔵菩薩像(生六道地蔵菩薩)が安置されていたという。福生寺は、近代、1880年に廃寺になり、薬師寺(右京区)に合併された。


*年号は原則として西暦を、近代以前の月日は旧暦を使用しています。
*参考文献 『京都の地名検証 3』『京都・山城寺院神社大事典』『京都市地名』『京都大事典』『昭和京都名所図会 4 洛西』


  関連・周辺薬師寺(嵯峨薬師寺)      周辺大覚寺・大沢池       関連六道珍皇寺           

鬼谷橋、静原川支流に架けられていたという。

鬼谷橋

かつての六道の辻付近に立てられていた。
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map  生の六道延命地蔵 〒616-8417 京都市右京区嵯峨大覚寺門前六道町  
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